成績アップゼミ塾長戸風正樹の自己紹介

戸風正樹こんにちは、成績アップゼミ塾長の戸風正樹です。

この記事では、私の今までの生い立ちや人となりをご紹介しています。少々恥ずかしいですが、赤裸々にありのままにお話しできればと思います。

 

【生い立ち編】

1986年11月8日横浜市生まれ
寅年・B型・さそり座
早稲田大学教育学部英語英文学科卒・ワシントン大学留学経験あり
既婚

○幼少期

引っ込み思案で、いつも母親の後ろに隠れていました。
何か新しいことを始めるのが非常に苦手で、習い事も最初の体験レッスンに行くことすらできず、書道教室と自宅を何度も母親と言ったり来たり。
結局、姉が習っている習い事の習字とピアノを始めて中学入学まで続けました。

幼馴染の友達とサッカーの習い事を始めるもまったくセンスが無く太っていたので、小学校6年間嫌々ながら通っていました。
試合でも、いつも格好悪い姿を母親や祖父に見せるのが嫌でストレスになっていました。今では良い経験です。

また、アレルギー持ちでアトピーに苦しみました。寝ている布団が血だらけになるほどの症状だったので、幼い頃は集中力がありませんでした。

○中学校時代

自宅が狭いアパートだったため、友達に自分の家の場所を恥ずかしくて教えられずコンプレックスでした。
思春期の中学3年生まで家族4人、1つの部屋で寝ていました。ストレスで素行が悪くなってしまいました。この悩みは中学3年生に父親が家を買うまで続きます。

部活動でも結果が出せず、行ったり行かなかったりでした。中学2年生の頃はジェルで髪の毛をガチガチに固めたり、髪の毛を染めたりとかなり道を踏み外しそうになりました。

しかし、中学2年生の時に部活動の先生が若い先生に代わり、部活動に熱中しました。その先生に憧れて将来は学校の先生になって部活動でバスケットボールを教えたい!と考えるようになりました。

中学3年生の夏に引っ越しをして人が変わったように穏やかになりました。

 

○高校時代

とにかく遊びに、部活動に目いっぱいでした。

高校へはバスで1本なのですが、1時間に1本しかない路線だったので、帰宅は7時40分のバスに乗って、自宅に着くのは9時前やバスを逃すと10時前だったのを覚えています。

高校3年生の5月までその状況が続くので、勉強なんて全然やっていませんでした。高3の5月の段階でSVOCの文型もわからず、塾の先生にthere is 構文を「それは~それは~」と訳し、中学生の英語からすべてやりなおせ!と激怒されたのを鮮明に覚えています。

部活が引退してからは1か月間遊び呆けてしまいましたが・・・生まれた時から身体に障害があった父親が酔った勢いで、「仕事を辞めたい」と口にしたのを聞いてしまって、死ぬ気で勉強しました。

高3の6月から起きている時間はすべて勉強して現役で合格しました。通っていた塾に憧れて自分の塾を開くことが夢になりました。

■高校3年生の時に10年後の自分に書いた手紙

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内容

「自分へ

おそらく、10年後の今頃は慶應が早稲田の教師をやっていて
塾を建てるために経営の勉強しているでしょう。2004年の自分は
必死に勉強をしていますが、10年後もこの気持ちを忘れずに。その頃は
勉強ではなく学習になっていれば幸いです。もし忘れていたらこの手紙を
呼んで思い出してください。
There is no room  for compromise.(妥協の余地は無い)」


○大学時代

英文科に進学した私は、「英語をペラペラになりたい!」という気持ちから留学を目指します。せっかく死ぬほど勉強して入ったんだから、遊び呆けている大学生にだけはなりたくない!という気持ちがありました。

留学にはTOEFLという1回20,000円近くする試験のスコアが必要なのですが、トータルで10回近く受験しました。幸いなことに、戸風の前の席が千田くんという友人で、(タ行)

彼も同じ留学を志していたので一緒に勉強ばかりしていました。2人とも大学から自宅が1時間半~2時間と遠かったのも変な一体感を生み出す要因でした。

彼はバンクーバー、私はシアトルに留学し留学先でもアメリカで遊んだりととても良い経験をしました。留学先では、受験勉強並みに勉強したのを覚えています。

 

留学の費用を貯めるために、予備校や塾や家庭教師の会社でバリバリと仕事をしました。

帰国後は独立事業主(個人事業主)として営業の仕事を始めます。

 

 

【社会人編】

○営業職

留学から帰国後は大学生ながら、個人事業主として営業の仕事を始めます。

主に家庭教師の会社で体験授業や入会案内をしていました。営業の仕事なので取れれば取れるほどお給料も良く、自分の塾を開きたかった自分には非常に良い仕事でした。

会社の社長やオーナーも非常に良い人たちばかりで、仕事のいろはを教えて貰いました。大学生時代から会社の寮に住んでいたので、常に社長がそばにいて24時間仕事のことを考えていました。

オーナーにはいつも食事に連れていってもらって、オーナーが会社を立ち上げた時の苦労話やお客さんとの思い出を聞かせてもらいました。

家庭教師の会社にはトータルで丸4年間ほどお世話になりました。

仕事の内容にも一緒に働いている人たちにもまったく不満はありませんでしたが、自分が携わった生徒を卒業の最後まで面倒が見きれないのが心残りでした。自分の体は1つしかないので、同時に色んなご家庭にお伺いできないからです。

本当に良い会社だったので、一生働いていこうと考え塾を運営することを諦めた時期もありました。

でも、やはり自分は、「自分の塾を作って、1人でも多くの子供達に勉強を教える!」というミッションが高校生時代からありましたので、2011年2月に独立をしました。

 

 

【性格編】

・超ポジティブ    → 辛いことも翌日には忘れます
・飽き性        → 音楽を1曲聞けません。映画も最後まで見れません。
・凝り性        → その癖、こだわるところには徹底的にこだわります。(芸術家気質?)
・だらしない      →  カミさんには良く怒られます。服が脱ぎっぱなし、電気つけっぱなし。夫婦喧嘩の7割はこれです。
・ドジ          →  カミさんいわく、ドジです。多摩センターのクロスガーデンのヤマダ電機(今はない)に行く時に駅の方から歩いて行って、エスカレーターを上って、歩いて、エスカレーターを下っていました。(約3年間)あと、トイレを出る時に電気を右手で消して、左手でつけてるそうです。(だから電気つけっぱなしではないですね)

【今後の夢】

成績アップゼミを全国的な塾にしたいです。

手前味噌ですが、成績アップゼミの授業システムは勉強ができない子にとって他の個別指導塾と比べても絶対に優れているシステムだと思っています。強制的に長時間勉強するからです。

正直に言うと、成績アップゼミ多摩センター校に毎年100名以上の生徒が通塾してくれていて満足してしまっている時期もありました。

しかし、人間は成長を辞めると後は落ちていくだけですし、大人が夢を語らないと子供は将来に希望を持てないと思います。話は逸れますが、最近元気な大人が少ない!!バイタリティに溢れて夢に向かって突き進んでいく姿を大人が子供に見せてあげなければならないと考えています。不満や愚痴を言っている場合ではありません。

だから、私は「成績アップゼミを全国的な塾にする」という夢を掲げて、そのために必要なことを毎日努力するのです。

 

末尾になりましたが、私の自己紹介は以上です。

教室でお待ちしております。

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