成績アップゼミ教務主任牧野史浩の自己紹介

牧野史浩こんにちは!成績アップゼミ教務主任の牧野史浩と申します。

この記事では、私の生い立ちや人となりをご紹介しています。恥ずかしい点も正直ありますが、ありのままにお話しできればと思います。

 

【生い立ち編】

■1990年4月13日愛知県豊橋市生まれ
■午年・O型・おひつじ座
■中央大学文学部社会学専攻卒
■結婚できるかどうか心配です(笑)


○幼少期

6歳と5歳はなれた兄の影響で、小さいころは兄の真似ばかりしていました。兄の影響が強かったせいか、幼いころからテレビアニメをみたり、テレビゲームをたくさんしてました。そのせいか、年齢を重ねるごとに視力が悪くなってしまいました。

両親が共働きで、同居していた祖母によく面倒を見てもらっていました。祖母と買い物にいったり、祖母にご飯を作ってもらっていたため、大のおばあちゃん子でした。

幼いころは近所に同世代の子供がいなかったため、いつも一人で遊んでいたことを覚えています。そのせいか、友達を作るのが少し苦手でした。小学校にあがったときは、周りはまったく知らない子ばかりだったため、かなり戸惑いました。

学年があがるにつれて友達もできていき、またスポーツに対する興味なども出てきました。小学校3年生からは水泳、4年生からは野球をはじめました。

水泳と野球ともにあまりセンスがなかったため、上達は遅かったです。そのため両親が応援に来るのが非常に嫌でした。

ただ、小学校時代からスポーツを続けたおかげで今につながる忍耐力はついたな、という実感はあります。


○中学校時代

中学校では野球部に入り、毎日野球ばかりやっていました。ユニフォームをいつも泥まみれにして帰ってきたせいで、母からはいつも叱られていました。

また、部活をして帰ってくるので、尋常ではないくらい毎日ご飯を食べていました。そのため、みるみるうちに太っていきました。

部活ばかりやっていたので、学校の成績がみるみる下がっていきました。特に数学は正負の数の計算すら危ういくらいできませんでした。

何とかしなければ、と考えて塾に通い始めました。最初はなかなか思うようにできませんでした。しかし数学の先生の教え方が非常にわかりやすく、本当に親身になって教えてくれました。飲み込みはよくなかったですが、何度も繰り返しやっていくうちにどんどん出来るようになっていきました。苦手な数学で90点取れた時は飛び跳ねるくらいうれしかったです。

こういった経験から、「いつか塾の先生のように自分もなりたい!」と思うようになりました。

中学生から異性にもてたい!、と思うようになり、髪をワックスで固めたりバンドを始めたりしました(あまり効果はなかったですが・・・)

 

○高校時代

高校に入ってから卒業するまでずっとバンドに打ち込んでいました。お世辞にもうまいとは言えませんでしたが、楽器のスクールにも通って、家での練習もかかしませんでした。バンドでオリジナル曲も作ったりして、「いつかはメジャーデビューでもしてやるぜ!!」、と息巻いていましたが、楽曲のクオリティが低すぎてだめでした(昔作った曲は今では恥ずかしすぎて聴けません(笑))

大学受験については、高校1年生からなんとなく難しいんだな~ということを考えていました。英語だけでもコツコツやっておこう!、と1年生から勉強していました。そのため、英語だけはめちゃくちゃ出来るようになり、大学受験でも英語のおかげで合格することができました。


○大学時代

東京でお笑い芸人(当時)をしていた兄との新しい暮らしも始まり、勉強やサークルなどたくさん楽しもう!、と考えていたのですが・・・ネット動画やネットゲームなどにはまってしまいました。進級に必要な単位の授業があるとき以外は、家でずっと引きこもっていました。引きこもり自体は1年ほどで終わりましたが、今考えてみても、この時ほど無駄な時間は無かったと思っています。

 

大学生になったら、塾講師として働いてみたいと思っていました。それは、『中学生のときにお世話になっていた先生みたいになりたい』と考えたからです。

大学2年生の2月から本格的に講師の仕事を探し始めました。どこかいい塾ないかなと探したところ、塾講師を募集している塾がある、という情報を得ました。早速そこの塾の面接を申し込みました。初めての塾講師の面接、その面接をした塾が成績アップゼミでした。

その当時成績アップゼミはできたばかりで、活気に満ち溢れていました。塾長の戸風とともにバリバリ生徒の指導をしていきました。

教え続けるにつれて、「楽しい!」、とどんどん教えることの魅力にはまっていきました。生徒の「分かった!」という声や、保護者様からの「牧野先生の授業受けてできるようになったのよ~。」という声を聞くことが何よりの励みになっていました。

 

大学3年生の3月から、就職活動をし始め、別の企業から内定をもらっていました。当初は卒業後、その企業に就職する予定でした。しかし・・・卒業が近づくにつれて、どうしても成績アップゼミの生徒のことが気がかりで忘れられませんでした。「受験生の生徒を最後まで指導したい。」、「塾講師としてこのまま働いていきたい」、という思いに駆られました。

ですが同時に、普通の企業に就職して働いていきたい、という思いもあり葛藤しました。普通に働くことが両親への親孝行になるのではないか、と考えたりもしました。しかし、私にとって何が大事なのか、何を本当にしていきたいのか、と必死に考えました。そして出た答えが、「塾講師として働き生徒の成績アップに貢献したい」、ということでした。

内定式前日の夜に塾長の戸風を呼び出し、「成績アップゼミで働きたい!働かせてください。」、と直談判しました。最初は塾長の戸風もびっくりしていましたが、熱意を伝えたら快く入社を許可してくれました。両親は成績アップゼミに入社することをしらなかったので、最初は大反対されました。ただ、自らの思いを伝えていったら納得してくれました。今では私の仕事を応援してくれて、非常にありがたく思っています。

 

社会人編】

成績アップゼミに入社してからは、どうやったら生徒たちの成績を上げることができるか、という話を夜な夜な塾長の戸風と熱く語り合っています。年々入塾してくれる方も増えていき、今では100名を超える塾まで成長しました。大学4年生のときの決断は間違っていなかった、と自信を持って言えます。

勉強が苦手な子が、「わかるようになった!」、と笑顔で言ってくれることほど嬉しいことはありません。これからも一人でも多くの子供たちに「分かった!」、「点数があがった!」、という感動を味わってもらうように日々精進していきたいと思っています。

そして成績アップゼミのよさをたくさんのご家庭に知っていただきたいと思っています。

 

【性格編】

・忍耐力    → 少々つらいことがあってもへこたれません。
・大雑把    → 整理整頓が苦手で片付けられません。字が下手です。
・明るい    → 基本的にいつも明るいです!
・心が広い      → めったに怒りません。なので怒ったときは超怖いかもしれません。

 

【今後の夢】

成績アップゼミを全国的に広げていき、一人でも多く勉強が苦手な子に笑顔を与えたいです。

働いている私がいうのも何ですが、他の個別指導塾さんと比べても成績アップゼミのシステムは圧倒的に優れていると思います。

私自身も中学生時代苦手な教科がありかなり苦労しました。どうやって苦手教科を改善していったかというと、やはり繰り返し繰り返し勉強をすることだけだったのです。

その繰り返しの部分が、成績アップゼミは出来ます。これが最大の強みだと思っています。

今は多摩センターにしか成績アップゼミはありません。

しかし塾長の戸風とともに2店舗、3店舗、そして10店舗とどんどん成績アップゼミの輪を全国的に広げていきたいです。

ゆくゆくは全国の勉強が苦手な子供たちに、勉強が分かる喜び、点数が上がる嬉しさをシェアし笑顔を与えていきたいと思っています。

そのために、1日1日、全力で生徒の成績アップのために精進していきます!!!

 

 

 

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